見せるのではなく見てもらう

これまでのSNSと写真についてのお話の延長から、本日はネットに載せる写真全般について考えてみましょう。
プライベートと公共の合間にあるような存在SNS。自己のアピールから、お店から団体のの宣伝、またはイベントのアポイントメントまで、自由に使いこなせるSN。それでもいったん公共へ発信するものにはテキストはもちろん、画像も十分な注意が必要です。友達同士の気軽なやり取りならばともかく、友達のフィールドを超えた公共へのメッセージは画像を含めて大きな影響力があるからです。

いったん外に向かって発表するものに対する責任は、作者なり発信者や発起者に由来します。
さて、こちら側から見てほしい、聞いてもらいたいといった情報は「宣伝」というカテゴリーになります。受け手にもメリットがありつつ、興味を持った購買意欲たるものを引き出すものだからです。
今日はいろいろな「宣伝」方法があります。売り手が大きな資金を利用して広告を出すことから、身近でコストのかからないことまで、様々な「宣伝」があります。そのスタンスによって使うい分けてビジネスとして商品から打ち出すものを率直な画像として発信できるのです。
考えてみればとても恵まれて、活用によっては無限大にまで利用できることがあるのがこのネット上の世界です。
それでもそこには、昔ながらの堅実なホスピタリティーも実は必要なのではないかと思います。なぜなら、美しいだけの画像ではe商品を紹介する側の思いが伝わらないからだと感じるからです。
いったん発信する画像には、一見感じられませんが、作り手(発信者)の思いが伝わるものと、単に見栄えのする画像があり、そこに発信者の考えが反映されるといってもいいのかもしれません。

新宿西口ライトグラフィカ